2015年2月25日水曜日

乳腺術後症例検討会 38 ”臨床所見と病理所見の乖離”

今日は定例の症例検討会でした。KT病院から乳腺超音波検査の研修に来てくれているM先生と上司のK先生をはじめ、製薬会社の方やJ病院の技師さんたちなど多くの院外の方が参加してくれました。

症例は当院の2例+関連病院の2例の4例でした。

1例目は、検診マンモグラフィので石灰化で精査となりましたが、そちらではなく、対側の別な場所にがんが発見された症例(見直してもマンモグラフィでは指摘は難しいと思われました)。偶然の発見でしたが、結果的に要精検にしてよかった症例でした。

2例目は、石灰化の増加で精査となりましたが、その時のMRと超音波検査では悪性所見を指摘できず、半年後のフォローの超音波検査で病変が指摘された非浸潤がんの症例でした。やはり要精検後のフォローは重要であると再認識させられた症例でした。

3例目は超高齢の方です。嚢胞内病変で画像と年齢からは悪性を疑いましたが針生検で嚢胞内乳頭腫と診断された症例でした。この症例は高齢で認知症もあるために切除はできていませんが、画像診断的には悪性の可能性は十分にあるということでその後も慎重にフォローしています。画像検査で悪性を疑ったのに針生検で良性だった場合は、より慎重に判断しなければなりません。偽陰性になる可能性としては、病変に正しく当たっていない、良性と悪性が混在している(稀ですが乳頭腫の一部にがんがあるなど)、針生検の診断能の限界(良悪の判断が非常に難しいケース)などが挙げられます。これらの可能性を考慮した上で、さらなる検査(切除生検など)の必要性、フォロー間隔などを判断する必要があります。

4例目は、マンモグラフィで新たに出現した腫瘤もしくはFAD(カテゴリー3)と判定され、2回目の超音波検査で脂肪に良く似た内部構造を持った線維腺腫の症例でしたが、境界が明瞭とは言えず、粘液がんなどの悪性も疑われた症例でした。担当した技師さんは、針生検の結果が出たあとでもその結果(線維腺腫)に納得がいっていないようでしたが…(汗)。私としては、マンモグラフィと超音波検査の所見と併せると線維腺腫でも矛盾はしないかなと思っています。

というわけで今回はいつも以上に悩ましい症例で活発な意見が出されました。なかなか勉強になったのではないかと思います。KT病院のM先生は今週一杯で研修が終わります。金曜日には懇親会の予定です(笑)。


2015年2月19日木曜日

病名告知と予後告知とその後の人生

昨日のテレビで、元ダイエーホークスの故藤井投手のエピソードを放映していました。

この番組で藤井投手は末期の肺がん(推定予後3-6ヶ月)と担当医からご家族に告げられましたが、野球がすべてだった藤井投手が真実を知ってしまうと絶望してしまうことを心配したご家族の意向で予後はもちろん病名も告げなかったというお話でした(間質性肺炎ということにしたそうです)。結果的に球団、および王監督やチームメートの温かいバックアップに気力で応えた藤井選手は2軍で6試合投げることができ、最悪3ヶ月と言われた余命でしたが1年も頑張ることができたというお話でした。

私はこの番組を見ていろいろと考えさせられました。最近では本人に無断で家族だけ呼んでご家族にだけ病名を告げたり、本人に嘘の病名を告げることは非常に少なくなったと思います。特に乳がんでは告知もしないということは非常に稀です(認知症などで理解力がないと判断される場合くらいです)。肺がんでは状況も違うかもしれませんし、このエピソードも15年近く前の話ですので今とはかなり対応が異なっていたのかもしれません。

本人に病名を告げなかったからこそ、なんとか復帰したいという気力がわいて2軍で6試合も投げることができたのかもしれないと思う一方で、もし余命が短いとわかっていたら、その時間で他にやっておくことがあったのかもしれないと思う気持ちもあります。また告知していればもっと適切な緩和ケアができていたのかもしれません。こればかりは結果論でしか考えることができませんし、個々の患者さんで状況は違うと思いますので何が正解なのかはわかりません。ただ藤井投手の場合は、これで良かったのかなと感じました。

私はがんではありませんが、10年ちょっと前に末期の緑内障と診断され、主治医からは”いつ失明してもおかしくない”と宣告されました。その時点で私の視野は半分以上欠けており、患者さんに対する万が一の責任を考え、自らメスを置きました。その後は思ったより病状の進行は遅く、現在は3/4くらいの視野欠損で留まっていて、まだなんとか仕事をしています。

手術がしたくて外科医になった私としてはメスを置くのはつらい決断でしたが、当時はそれ以上に万が一そのことで患者さんに迷惑をかけてしまうことを恐れていたのです。でも最近時々思うのです。もし、そのとき”いつ失明するかわからない”と言われていなければ、この10年間の外科医としての過ごし方は違っていたのかな…と。

医師は、予後を告知する際、だいたい悪い方(短い方)の推定予後を話すことが多いと思います。これはもしそれより早くに亡くなってしまった場合、自分が責められるのではないかという保身が働くからだと思います。ですからテレビなどで、”医師から予後○ヶ月と言われたが、○○ヶ月も生きた”というケースが多いのはある意味当然なのです。

そのことで、予想より長く生きてくれて良かったと思うご家族も多いのですが、予後を告げられたご本人にとってはどうだったのかな…と思うことがあります。推定予後が過ぎ、いつ死んでもおかしくないという状況で生きて行く気持ちは、なんとなく自分に重なるのです。そのこともありますし、実際乳がんの場合は治療効果によってかなりの幅が生じますので私は予後告知はよほど差し迫った場合でなければしないことが多いのです。平均はあくまでも平均でしかありませんから。

病名告知は藤井投手のような一部の例外を除いて基本的にはすべきだと思います。予後告知については、判断が非常に難しいです。最近では、あまり患者さんのことを考えずに一方的に予後を突きつける医師がいるということを耳にします。それは医学的には正しいことを話しているのかもしれませんが、本当に患者さんにとって必要なことなのか、よく考えた上で行なうべきだと私は思っています。

2015年2月18日水曜日

某国出身の乳がん患者さん

最近、私たちの病院で某国(以下A国)出身の女性が乳がんと診断されました。

現在は日本在住で国籍も日本になったようですが日本語はほとんど話せません。N先生が外来で対応したのですが、病状を説明する際は通訳の方がいらっしゃったのでなんとかなりましたが、問題は入院中の対応です。手術などの説明の際は通訳の方が同席してくれますが、もちろん一日中ついてもらえるわけではありませんので、看護師さんもわれわれ医師も細かい対応に不安があります。

大学病院などにご紹介することもお勧めしたのですが、大学でもA国語を話せる人が常にそばにいるわけではなく、ご本人もご主人も当院での治療を希望されたため、病院として責任持った対応が可能かどうか師長室が中心となって協議しました。また病棟でも看護師、医師などが集まり、カンファレンスを行ないました(私は別の予定が入っていて参加できませんでしたが…)。

結果的には、病院の許可をいただき、その患者さんを迎えるにあたっての作戦(翻訳ソフトを乳腺センターのiPADに入れるなど)をG先生、N先生が中心となって考えてくれています。それにしても最近は便利なソフトが手に入ります。この日A翻訳ソフト(日本語で話すとその日本語と翻訳したA国語が表示され、正しいことを確認してからクリックするとA国語で話してくれるのです)はなかなかの優れ物です。

ちなみに以前A国から治療に来ていた子供の治療にあたった経験のあるD病院のE先生に当時の対応をお聞きしたのですが、その当時は100枚くらいの文字ボードを作ってコミュニケーションを取っていたようです。おそらく今回も文字ボードも使うことにはなると思いますが、それに加えて最新の翻訳ソフトという武器があるのでとても助かります。

それにしても英語圏の国の患者さんであれば、院内にも英語が得意な人材はそれなりにいますし、片言であれば私たちでも多少はなんとかなるのですが、A国語となると文字を見てもまったく読むことも予測することもできません。本当に難しい言語です(汗)。実際に治療が始まると予想よりも大変かもしれませんが、スタッフの努力と工夫でなんとか患者さんとのコミュニケーションをうまく取りながら治療を進めて行きたいと思っています。

2015年2月10日火曜日

受動喫煙と乳がん…日本における前向き研究結果

乳がんに対する喫煙の影響はさまざまな報告があります。しかし最近のガイドライン(「2014年度版 患者さんのための乳がん診療ガイドライン」にも記載があります)では喫煙(受動喫煙も含む)は乳がん発症リスクを高めるということがほぼ確実と考えられています。今回の報告は、日本における受動喫煙と乳がん発症リスクに関する集団ベースの前向き研究(高山スタディ)です(岐阜大学 和田恵子氏ら)(Cancer science誌オンライン版2015年1月23日号)。

概要は以下の通りです。

対象および方法:1992年9月から2008年3月まで、35歳以上の女性1万5,719人を追跡。乳がん発症率は、主に地域の集団ベースのがん登録で確認した。喫煙状況などのライフスタイルは自記式質問票で、またアルコール消費量は食物摂取頻度調査票(FFQ)で評価した。

結果:
・年齢、BMI、飲酒、身体活動、教育、初潮年齢、初産年齢、閉経状態、子供の人数、ホルモン補充療法の既往について多変量調整したところ、本人の喫煙と乳がんリスクとの関連はみられなかった。

・非喫煙者の女性については、夫も非喫煙者である女性に比べ、1日21本以上喫煙している夫を持つ女性の乳がんリスクは1.98倍(95%CI:1.03~3.84)であった。

・喫煙者の夫を持つ女性の乳がんリスクの増加は、飲酒習慣がない女性で顕著であった。受動喫煙による乳がんリスク増大に対する飲酒の影響については、今後さらなる研究が必要である。


う〜ん…。理論的になんとなく納得がいかない部分が私にはあります。もちろん喫煙の有害性に異論を挟むつもりはありませんが…。


2015年2月6日金曜日

乳癌の治療最新情報39 ”palbociclib”

米食品医薬品局(FDA)が閉経後乳がん患者さんの治療薬として、経口のサイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害剤palbociclibを迅速承認したと2/3に発表しました。

palbociclibは、がん細胞の増殖の促進に関与するCDK4/6を阻害します。対象はER陽性、HER2陰性の転移を有する乳がんで、内分泌療法を含む全身療法の治療歴がない閉経後の患者さんです。palbociclibはアロマターゼ阻害薬のレトロゾールと併用して投与されます。

<palbociclibの有効性を証明した臨床試験 PALOMA-1試験(フェーズ2)>

対象:ER陽性HER2陰性の進行乳がんで、転移に対する治療歴がない閉経後の女性患者165人。palbociclibとレトロゾールを併用投与する群(併用投与群)、またはレトロゾール単剤を投与する群(単剤投与群)にランダムに割り付けた。

結果:
無増悪生存期間(PFS)(主要評価項目) 中央値 併用投与群20.2カ月、単剤投与群10.2カ月、ハザード比0.488(95%信頼区間:0.319-0.748)(p=0.0004)
全生存期間(OS)〜現時点では明らかにされていない。
副作用〜palbociclibで多く観察された副作用は、好中球減少、白血球減少、疲労感、貧血、上気道感染、悪心、口内炎、脱毛、下痢、血小板減少、食欲低下、嘔吐、無力症、末梢神経障害、鼻出血だった。


palbociclibの投与にあたっては、125mgを1日1回、21日間投与、7日間休薬のスケジュールが推奨されており、治療開始前、各治療サイクルの開始時、最初の2サイクルの14日目、および臨床的に必要と判断される時点で、全血球計算を行うことが勧められています。

まだ現段階では全生存期間の改善は証明されていませんのでこの薬剤の最終的な評価はできませんが、PFSを2倍に延長したことを考えると期待できそうです。今後の結果を待ちたいと思います。