2011年9月30日金曜日

アバスチン〜手術不能・再発乳がんに対する追加承認取得

ベバシズマブ(商品名 アバスチン)に関する情報はここでも何度か取り上げてきました(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2009/10/avastin.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/06/asco-2010.html)。特に米国のFDAから承認取り消しの決定が下されたニュースが流れてからは(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/07/blog-post_22.html、http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2010/12/fda.html)、日本での承認は困難だと思っていました。

ところが、先日ベバシズマブの「手術不能又は再発乳癌」に対する効能・効果および用法・用量の追加に関する承認を厚生労働省から取得したと販売元の中外製薬が発表したのです。

FDAでの判断は、全生存期間(OS)を改善できなかったというフェーズ3の結果に基づくものです。今回の日本での申請は、国内で実施されたフェーズ2と海外で実施されたフェーズ3の結果に基づいて中外製薬が厚生労働省に対して行なっていたものです。つまり、FDAはフェーズ3で全生存期間(OS)を改善しなかった点を重視して認可を取り消し、日本では無増悪生存期間(PFS)の延長を示した結果と国内での安全性と有効性の試験結果を重視したということなのでしょうか?臨床試験の有効性の評価をどちらで行なうかは非常に難しい問題です。この点に関してはこちらの記述がわかりやすいと思います。→http://blog.goo.ne.jp/cancerit_tips/e/1fba8db2e347f13e42b1ad109835a0b5


以下に今回追加された効能・効果・用法・容量を示します。

<手術不能又は再発乳癌>
パクリタキセルとの併用において、通常、成人にはベバシズマブとして1回10mg/kgを点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。


欧州と同様に臨床試験で行なわれたパクリタキセルとの併用に限って認可されたということになりますが、併用薬を限定されるとなかなか使いにくくなってしまいます(すでにパクリタキセルを使用している場合も多いですので)。高額な薬剤でもありますし、重篤な副作用の問題もあります(高血圧、消化管出血・穿孔など)。実際に使用できる患者さんはかなり限定されるかもしれません。

2011年9月27日火曜日

"Durch Wahrheit zur Klarheit"

いきなりこんなドイツ語を書いてもなんのことかわかりませんよね?これは私が東京のG病院での研修を終えた時に、恩師のK先生から色紙に書いていただいたお言葉です。たまたま部屋を整理していて戸棚に飾っていたのを思い出しました。

実は今でもこの言葉の意味を完全には理解できていません。
Durch :〜を通して
Wahrheit :真実
zur:〜への
Klarheit :明快さ

ネットで調べてみてもドイツ語のサイトしか引っかかってきません。なにかの格言のようですが…。
エキサイト翻訳で直訳すると「明快さへの真実を通して」となりましたが今ひとつ意味不明です。自分勝手に解釈したのは、「目の前の患者さんたちから得た経験をもとに病態の真理を追究しなさい」という感じですが、正しいかどうかは自信ありません。もしわかる方がいらっしゃったら教えて下さい。

G病院での研修中に(もう15年も前になりますが…)私はよく「乳腺部屋」と呼ばれていたデータ管理をしていた部屋に調べものをするために訪れていました。そこのパソコンには10000例を超える乳がん患者さんのデータが入っていて医療秘書さんがデータ管理をしていました。ごく普通の一般病院から来た私にとってそれは宝物のようなデータでした。普通の病院では何も物事を語れないような珍しい症例や事象もここでは1施設で集めることができます。

いま自分の病院にいるとそのデータがうらやましくなります。きっと日常診療で疑問に思ったことの答えの多くはそのデータから導き出せることでしょう。でも数が少なくても想像力は働かせることはできます。患者さん1例1例を大切にして、そこで得られた経験から推理を働かせ、真理に近づくような努力をしていかなければならないと思っています。それがいつかG病院のデータなどで証明される日が来ればきっとK先生からいただいた言葉の意味に近づけるのだと信じています。

2011年9月26日月曜日

乳がん検診受診率が増加!〜今後の課題は?

NPO法人乳房健康研究会(霞富士雄理事長)がこのたび発表した乳がん検診に関する意識調査の結果によると、40歳代~60歳代の女性における、乳がん検診無料クーポン対象者のマンモグラフィ検査の受診率が45.7%だったそうです(今年6月の調査)。以前発表されていた無料クーポン対象者の受診率は30%台だったと記憶していますので、ようやく定着してきたようです。厚労省の目標値(50%)までもう少しです。

ただまだ問題はあります。今回の調査によると無料クーポンの対象者でない場合の乳がん検診受診率は、35.5%だそうです。私自身の経験でもクーポン券は初回の検診やしばらく中断していた患者さんを検診に向かわせる良いきっかけになっているのは事実ですが、1-2年後の乳がん検診を受けてくれるかどうかはわかりません。できるだけ次回の検診時期についてご案内するようにはしていますが、無料かどうかが受診動機に影響を及ぼす可能性は否定できません。できることなら隔年の乳がん検診をすべて無料にしてくれると良いのですが…。

それと長期的に見た課題としては、乳がん検診受診率の増加が乳がん死亡率の低下につながるかどうかということがあります。さらに言えば全死亡率の低下につながることが本来の検診の目的です。超音波検診の導入を含めて、誰もが受けやすくて、日本人に合った安全で合理的で有効な検診方法の確立が重要だと思っています。

2011年9月24日土曜日

Novartis Breast Cancer Forum 2011 参加報告


今日、東京から帰ってきました。

昨日行なわれた「Novartis Breast Cancer Forum 2011〜乳がん個別化治療に向けて〜」は大変勉強になりました。と同時にあまりに分子生物学の進歩が早いため、少しでも油断しているとついていけなくなるという危機感を持ちました。

講演の内容は私が聞いていても完全に理解できない部分もあるため、メモできた中で印象に残った部分を書いてみます。


講演①「Breast cancer signal pathway and treatment strategy」(Stephen Uden氏 ノバルティスファーマ)

アロマターゼ阻害剤やハーセプチンの耐性(効果がなくなる現象)発生の機序と耐性化した乳がんに対して効果が期待される新たな分子標的(mTOR pathway、PI3K/ATK pathway、FGFR pathway、Heat Shock Protein90)についての話でした。すでに臨床試験が開始され、一定の効果がみられているということで今後に期待できそうです。

講演②「Individualization of breast cancer-Intrinsic Subtype」(Prof.Matthew J.C.Ellis Department of Medical Oncology,Washinton University)

ER陽性乳がんの個別化治療についての話でしたが、特に術前ホルモン療法におけるKi-67の変化についての話が印象的でした。通常、日本では術前治療の前に針生検で検体を採取したあとは、手術材料で調べるくらいですが、Ellis先生の施設では術前ホルモン療法中に再度針生検を行なってKi-67の変化を調べるそうです。そしてKi-67が低下していた場合は治療が奏効していると判断できるためそのまま継続する指標になるし、もし逆に増加しているようならホルモン療法の効果は期待できないと判断して化学療法への変更を考慮することができるということでした。2回目の針生検に関して患者さんの同意が得られるのか?という質問には、治療効果を患者さんも知ることができるため、かえって安心して治療を継続したり変更する決断ができるので問題ないと答えていました。
また、LH-RH agonist+AI(アロマターゼ阻害剤)のホルモン療法については、LH-RH agonistでは卵巣機能抑制が不十分なために徐々にE2レベルが上昇し、AIの効果が低下するという問題点について述べていました。このようなケースには外科的な卵巣摘除を考慮すべきであるということでした。以前からこの治療についてはここでも書いてきましたが、なかなか再発治療の実臨床で認められない理由が理解できたような気がします。

講演③「How should we implement the St.Gallen Consensus 2011 in daily practice?」(Prof.Beat Thürlimann Breast Center ,Cantonal Hospital St.Gallen)

Thürlimann先生はSt.Gallen consensus meetingの中心メンバーの一人で、この会議の意義(エビデンスが十分ではないことを討論し、合意を作っていく)について説明して下さいました。また、Adjuvant!Onlineは様々な理由(データに信頼区間がない、何年後の再発率または死亡率なのかが不明、ハーセプチンなどを使用する以前の治療に基づいたデータであることなど)からあまり信頼するべきではないとの考えを強調されていました。また、臨床試験から得られるエビデンスやガイドラインというのは平均的な患者さんに対する平均的な治療を提示するものであるので、個々の患者さんに対しては別な視点が必要であるというようなお話しをされていました。
Thürlimann先生の講演で最も印象的だったのは、スイスではOncotype Dxの保険適応の採用を却下したというお話でした。その根拠になったのは、Oncotype Dxで得られる再発リスクというのは、その腫瘍そのものの性質を現しているだけで、その患者さん個々の化学療法によるリスク低下を反映しているわけではないからだということでした。つまり、腫瘍径やリンパ節転移の程度によって患者さんの再発率は違うので、化学療法を行なった時に得られる再発率の低下の絶対値も異なります。例えば絶対値の低下が5%以上あれば化学療法をしようと考えたとしてもOncotype Dxから得られるデータからは推測することができないということです。
今回のSt.Gallenではサブタイプ別の治療方針がより明確になり、腫瘍径やリンパ節転移の程度の持つ重要性はかなり低くなったと報道されていまいましたし、ほとんどの乳腺外科医もなんとなく納得がいかなくても「そんなものなのかな…」と思っていたと思います。にも関わらず、St.Gallenの主要メンバーであるThürlimann先生の口からこのような考えを 聞くとは思いませんでした。やはり、Luminal Aであっても杓子定規に「ホルモン療法のみでいい!」というのではなく、進行度によって変化する再発リスクを考慮した上で化学療法の追加を検討しても良いのだということのようです。これが確認できたことが今回の最大の収穫だったと思います。

パネルディスカッション「個別化治療のための生物学的解析」
パネルディスカッション 「個別化治療の実践」


詳細は省略しますが、この中で「Luminal Aでリンパ節転移がある患者さん」に対してどの治療を選択するかというVotingにおいてもThürlimann先生は、「N=3ならホルモン治療のみ、N=4なら化学療法(EC×4またはTC×4)を選択する」とおっしゃっていました。


ちょっと今回は難しい話になってしまいました。ゆっくりする暇はありませんでしたが、参加できて良かったです。参加させて下さったノバルティス(株)、そして回診のために残ってくれた同僚のG先生とN先生に感謝申し上げます。

2011年9月22日木曜日

Novartis Breast Cancer Forum 2011〜乳がん個別化治療に向けて〜

明日はグランドプリンスホテル高輪でノバルティスファーマの主催の講演会があります。台風の影響で行けるかどうか心配しましたが、無事通り過ぎてくれたようです。

講演会のスケジュールは、海外からの招待講演が3題、そのあとで個別化治療についてのパネルディスカッションがあります。4時間くらいずっと座っていなければならないので持病の腰痛が悪化しないか心配です(汗)。ただ、非常に興味のあるサブタイプ分類や個別化治療、St.Gallen2011に関する内容が中心ですので、一生懸命勉強して来ようと思っています。

乳腺外科医は、臨床試験を慎重に行ないながら乳房温存手術やセンチネルリンパ節生検などを導入し、患者さんの美容や機能温存を図るとともに、後遺症を減らす努力を行なってきました。そして乳腺外科医と腫瘍内科医によって不要な化学療法を減らすべくSt.Gallenの国際会議などで個別化治療の検討を行なってきています。にもかかわらず、「外科医は必要もないのにやたらと切りたがる」「製薬会社とつるんで金儲けのために抗がん剤をやたらと使いたがる」と言う人たちが未だに多いのは残念なことです。おそらく乳腺外科医のほとんどは、「切らずに副作用のない治療で乳がんを治癒させる」ことを望んでいるはずなのです。もちろん私も常にそう思ってきました。

今回のテーマである個別化治療をもっと洗練させることができれば、患者さん個々に合った治療を選択することができるようになり、不要な治療を避けることができるようになります。まだまだ先の話ではありますが、このような努力を世界中の医師と研究者、製薬会社が目指していることだけは確かだと思います(中には利害関係しか考えていない人もいるかもしれませんが、企業である以上、一定の利益を求めるのはある意味当然だと私は思っています)。

2011年9月19日月曜日

乳腺センター開設〜もうすぐ半年経過〜

10/1に病院診療管理者の合宿があります。ここでセンター化半年の総括をすることになりました。私はその日は乳がん患者会の温泉旅行と重なっていて出席できないため、文書報告とさせてもらうことになりました。先日その書類を作成してようやく提出したところです。

4月からのデータを分析してみると、手術件数は昨年同期の1.8倍に増加していました。市内の他の施設の先生方にお聞きしてみるとどこも増えているようですので、特別私たちの病院に患者さんが流れてきているわけではないようですが驚くほどの増加です。入院件数も収益も予算を上回っており、まずは良いスタートを切れたようです。

最近目立つのは、進行再発乳がん患者さんの増加です。この影響で化学療法やその副作用、病状悪化などによる入院が増えたため、手術患者さんのベッド確保が困難になってきています。今はなんとか他の 病棟のベッドを借りたりしてしのいでいますが、そろそろ根本的な解決策を考えなければなりません。

乳腺センターとしての医療活動は、ピンクリボン in SAPPOROやWith You Hokkaidoへの参加(これは毎年ですが)、検診センターへの訪問、乳癌学会への看護師の初めての参加と乳腺外科医3人の演題発表などがあり、10月以降も患者会温泉旅行、J.M.S(J.POSHが呼びかけた日曜日に行なう乳がん検診)、乳癌検診学会での超音波技師3人の演題発表、地域住民への乳がん啓蒙講演会、乳がん患者会講演会などを行なう予定になっています。

さて来年は今年乳腺外科医の仲間入りしてくれたN先生が研修に出ることになりそうです。今のペースで増加すると手術も病棟管理もかなり厳しい状況になるかもしれません。最近の症例の増加を見ているとうれしいですがちょっと心配になります(汗)

2011年9月17日土曜日

無料低額診療制度について

今日もこのブログに医療費が払えなくて通院が困難という方からのご相談の書き込みがありました。

失業、就職困難、離婚、などをきっかけに経済的に困難となり、無保険になったために病院にもかかれない方が増加しているように感じています。このような方ががんになってしまうと、検査、治療費が高額ですので非常に厳しい状況に陥ってしまいます。

日本国憲法第25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とあり、国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないことになっています。しかし、黙っていてはこのような病院にかかりたくてもかかれないような生活困窮者に国が自ら手を差し伸べてくれることはありません。

無料低額診療制度とは、社会福祉法人や公益法人などに関する法人税法と社会福祉法などに基づいた、生活困窮者でもきちんと医療を受けられるようにするための救済制度なのですが、知らない方は非常に多いと思います。以前、新聞に取り上げられたことがありますが、そのような時くらいしかこの制度を知るチャンスはないのかもしれません。

概要を以下に示します。


<無料低額診療制度>

①内容
低所得者などに医療機関が無料または低額な料金によって診療を行なう事業で、大きく分けて二つの法律に基づいています。一つは社会福祉法人や日本赤十字社、済生会、旧民法34条に定める公益法人などが、法人税法の基準に基づいて実施するもので、もう一つは社会福祉法 (昭和26年法律第45号)に基づく第二種社会福祉事業として実施するものです。

②対象
「低所得者」「要保護者」「ホームレス」「DV被害者」「人身取引被害者」などの生計困難者(厚生労働省)。
適応基準は、病院によって異なります。「全額免除は、1ヶ月の収入が生活保護基準のおおむね120%以下、一部免除が140%以下」などです。

③適応期間
これも病院や自治体によって違うようです。1回のみの治療ですむような軽い症状にしか適用しない東京都の某区のようなところから、無料診療の場合は、健康保険加入または生活保護開始までの原則1ヶ月、最大3ヶ月(一部負担の全額減免と一部免除は6ヶ月)などを基準にしている病院まで幅がありますので事前に確認する必要があります。いずれにしてもこの制度は、生活が改善するまでの一時的な措置であることが原則です。

④制度を利用できる病院の条件
第二種社会福祉事業に基づいてこの制度を行なう場合には、都道府県知事に届け出を出して認可を得る必要があります。認可を受けるための条件として、生活保護を受けている患者と無料または10%以上の減免を受けた患者が全患者の1割以上などの基準が設けられていますが、厚生労働省は「都道府県の状況を勘案して判断する」としています。更に、医療機関には、(1)生計困難者を対象とする診療費の減免方法を定めて、これを明示すること (2)医療上、生活上の相談に応ずるために医療ソーシャル・ワーカーを置くこと (3)生計困難者を対象として定期的に無料の健康相談、保健教育等を行うことなどいくつかの条件が義務付けられています。
どの病院でこの制度の利用が可能かを知るためには、自治体の役所に問い合わせをするのが良いと思います。とりあえず調べるてみるのには、ネット検索も便利です。「自治体名(札幌市など)」と「無料低額診療制度」で検索してみて下さい。


いま現在、私の外来に通院中の患者さんの中にもこの制度を利用されている方が3人ほどいらっしゃいます。原則的な適用期間はありますが、実際は働いても働いても生活していくのがやっとで、この制度を継続している方もいらっしゃいます。病気や介護などで働くことができない、働きたくて努力していても職が見つからない、職が見つかっても収入が少なくて保険料も支払うことができない、という人々には何の罪もありません。憲法25条を遵守するために、国と自治体はもっとこのような人々に目を向けて欲しいと思っています。

2011年9月15日木曜日

Triptorelinによる若年乳がん患者に対する早発閉経予防効果

イタリア国立がん研究所のLucia Del Mastro博士らが「化学療法を受けている若年乳がん患者にゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)作動薬triptorelinを投与し,卵巣機能を一時的に抑制したところ,化学療法の副作用である早発閉経が減少した」との第Ⅲ相試験の結果をJAMA(2011; 306: 269-276)に発表しました。

化学療法を受けた患者さんの40%以上が長期的に無月経となると言われています。若くして乳がんになり、治療終了後に妊娠を希望されている患者さんにとっては、卵巣機能の不可逆的な機能低下は大きなショックをもたらします。

GnRH作動薬には、ゾラデックスやリュープリンなどのLH-RH作動薬も含まれます。かなり以前から、これらの薬剤を併用しながら化学療法を行なうと、卵巣機能が保護されて閉経になりにくいと言われていましたが、異論もあり確立された考え方にはなっていませんでした。

「乳癌診療ガイドライン①治療編 2011年版」には、
CQ ”妊孕性維持のために化学療法中にLH-RHアゴニストを使用することは勧められるか”
に対して、
推奨グレードC2(化学療法時にLH-RHアゴニストを投与すると化学療法誘発性閉経の割合は減少する可能性があるが、妊孕性維持についてのエビデンスはなく現時点では勧められない)
となっています。

今回の報告の概要は以下の通りです。

対象:2003年10月~08年1月にイタリアの16施設で登録した、術後補助化学療法または術前化学療法が予定されていた閉経前乳がん患者281例。

方法:化学療法のみを受ける群(化学療法単独群)とtriptorelinを併用する群(triptorelin群)のいずれかにランダムに割り付けた。triptorelinは化学療法開始1週間前および化学療法中4週間ごとに3.75mgを筋注した。

結果:化学療法終了1年後の早発閉経発生率は,化学療法単独群の25.9%に対してtriptorelin群では8.9%と有意に低く(絶対差−17%,P<0.001)。早発閉経の有意な減少はtriptorelin投与のみに関連し,年齢や化学療法のタイプの影響は認められなかった。

今回の研究は,乳がん患者の卵巣機能温存の研究の前進に大きく寄与するものではありますが、問題点が2つあります。
一つ目は、閉経を予防できることと妊娠が安全に可能であることは同義ではないこと(流産率が高いという報告もあります)、二つ目は、特にホルモン受容体陽性乳がん患者に対するtriptorelin併用による予後への影響は確認されていないことです。
ただそうは言っても若年乳がん患者さんにとっては妊娠の可能性を残すことは切実な問題です。現在、受精卵の凍結保存(または未婚者の場合は卵母細胞の凍結保存)などが行なわれていますが、妊娠成功率は必ずしも高くはありません。妊孕性維持の一つの手段として、これらの薬剤併用の安全性が確立されれば化学療法への不安も軽減するのではないかと考えています。

2011年9月11日日曜日

田中賢介選手のマンモグラフィ検診プレゼント当選者が初めて来院!

今日は関連病院での日曜検診でした。

私たちの病院に初めて来院された40歳の患者さんの問診票を見てみると1年前に検診を受けたと書いてありました。1年前は30歳代ですのでどのような検診を受けたのかお聞きしたところ、日本ハムファイターズの田中賢介選手が2年くらい前から取り組んでいた
”田中賢介×ピンクリボン『大切な人を守ろう!』 アウトを取った数マンモグラフィ検診プレゼント”
に当選したのでマンモグラフィを受けてきたということでした。

今まで検診してきた中で、このイベントで検診を受けた方にお会いしたのは私は初めてでした。おそらく対がん協会でマンモグラフィを行なっていますのでその後は対がん協会でフォローされている方が多いのだと思います。

田中賢介選手とピンクリボン in SAPPOROが取り組んできたこの啓蒙活動が今回の検診受診につながったということがとてもうれしく感じました。田中賢介選手は、足の骨折で今季の復帰は困難と報道されていますので、残念ながらこのプレゼントはもうないのではないかと思います。一日も早く回復して、来季はまた元気なプレーを見せてくれることを願っています。

ただちょっと気になったのは、マンモグラフィは対がん協会で行ないましたが触診はなかったとのこと(本人の話なので当局に確認はしていませんが)。当選者には40歳以下の若年者も多いと思います。本来、マンモグラフィ検診の有用性が確立されていない年齢ですので、触診はもちろん、検診の意義や現在のエビデンスについてご説明し、自己検診の指導なども行なうようにするともっと良いのではないかと思います。私でも良ければ個人的には協力したいと思っています!

2011年9月9日金曜日

ノーベル賞の田中耕一さんが乳がん治療に新たな知見!

2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんが、乳がんの悪性化に関わるとされるタンパク質の構造を世界で初めて詳しく解析することに成功したというニュースが流れました。これはノーベル賞受賞につながった質量分析装置を改良し、分析感度を最大1000倍に向上させたことによるもので、京都大学との共同研究で明らかにされました。

今回発表された内容は、ここにも何度か書いてきた、乳がんの悪性化に関わるタンパク質「HER2」に関するものです。田中さんらはHER2と結合する糖の化合物(糖鎖)を解析し、HER2と結合する糖鎖が患者さんによって違いがあることを発見し、HER2と結合する糖鎖のほぼ全容を確認したということです。

この発見は、HER2陽性乳がんにおいて今までのような画一的な治療ではなく、個別の治療ができるようになる可能性を秘めたもので今後の治療薬開発に展望を開くものになるかもしれません。ハーセプチンに続くHER2陽性乳がんに対する分子標的薬は次々と開発されてきていますが(タイケルブなど)、なかなかハーセプチン登場時のインパクトを越える薬剤は開発されていません。実用化はまだまだだと思いますが、今回の発見が、新たな日本発の分子標的薬開発につながるように期待しています。

2011年9月7日水曜日

抗がん剤漏出の治療薬 キッセイが日本での開発・販売権取得

抗がん剤が血管外に漏出した場合に起きる組織障害については以前にここでも書きました(http://hidechin-breastlifecare.blogspot.com/2011/01/13_23.html)。

今までは抗がん剤が漏出した場合には、主に局所麻酔剤とステロイドを混ぜたものを局所に注射して炎症を抑えるくらいしか対処法はありませんでしたが、海外では治療薬がすでに承認され使用で切る状態のようです。

この治療薬は「デクスラゾキサン」という薬剤で国内では未承認です。デクスラゾキサンは細胞の成長や増殖に必要な酵素の働きを抑えて組織障害を防ぐ世界唯一の治療薬です。今回、キッセイ薬品工業はオランダのスペファーム社から、この薬剤の日本における開発・販売権を取得し、すでに臨床試験の実施など開発に向けて規制当局と協議を始めていると発表しました。

同薬は、未承認薬・適応外薬の国内開発を促進する厚生労働省の専門会議が「医療上の必要性が高い」と判断して開発要請していましたが、スペファームは日本に開発基盤がないため、開発企業の募集が行われていたそうです。

どんなに気をつけても一定の確率で抗がん剤の血管外漏出の可能性はあります。このような薬剤が本当に効果があり、安全性も確認されたのでしたら化学療法を行なっている私たちにとっては強い味方になってくれることでしょう。

2011年9月6日火曜日

がん化学療法に関わる看護師の抗がん剤曝露リスク

現在日本の多くの病院やクリニックの外来や病棟で化学療法が行なわれています。その一方で、化学療法に関して専門の知識や技術を有する、いわゆる「がん化学療法看護 認定看護師」は日本看護協会のHP(http://www.nurse.or.jp/nursing/qualification/nintei/touroku/show_unit.cgi?mode=subcategoryb&subcategory=%82%AA%82%F1%89%BB%8Aw%97%C3%96%40%8A%C5%8C%EC)によると全国で844人しかいません(北海道では30人)。

化学療法を行なう看護師に求められるのは、患者さんに対して、安全に薬剤を投与し経過を観察を行ない、療養指導をするのはもちろんですが、看護師自身の健康を守るということも重要です。偶発的な抗がん剤の曝露は神経系や生殖器系に有害であり、血液がんリスクを高める可能性があると考えられています。今回、看護師の抗がん剤への曝露は珍しいことではないこと、看護師個人の知識と技量、経験だけではなく、職場環境が抗がん剤曝露を防ぐために大切であるということがミシガン大学のChristopher Frieseらによって報告されました(「BMJ Quality and Safety」オンライン版 8/16号)。

米国では化学療法の約84%が外来クリニックで行われています。今回の報告によると外来化学療法注射センターで働くがん専門看護師1,339人を対象に調査を実施した結果、17%近くに皮膚や眼が薬剤に曝露された経験があることが判明したそうです。また、スタッフも資源も豊富な化学療法クリニックの看護師や、2人以上の看護師による指示の確認を要求されている現場で働く看護師のほうが、曝露に関する報告は少なかったということです。

Frieseらは「皮膚または眼への不慮の曝露は、針刺しと同程度に危険な可能性がある。針刺し事故では事故を最小限に抑え、看護師は直ちに評価と予防的治療を受けるが、化学療法への曝露ではその対応策がない。今回の研究は、作業負荷や組織の健全さ、作業条件の質に注意を払うことが成果を挙げることを示している。単に仕事に対する満足度の問題でなく、これらの職業上の危険に対するリスクを低減する可能性がある」と述べています。なお、米国労働安全衛生研究所(NIOSH)では、化学療法薬投与に対するガイドラインを公表していますが強制力はなく、化学療法薬を扱う際にガウンや手袋など防護服を用いることが推奨されているそうです。

2011年9月4日日曜日

「マレーシア・ドラゴンボート観戦」〜J.POSH ピンクリボン国際交流


乳癌学会のJ.POSHのブースに「マレーシア・ドラゴンボート観戦」のチラシが置いてありました。

昨年もJ.POSHの方々が有志で参加されたそうですが、マレーシアで行なわれるCancer Survivorの国際交流だそうです。今回は「第1回Cancer Survivors World Cup」として試合形式で行なわれるということです。世界中のピンクリボン運動の仲間と交流ができるということで、めったにない機会ですのでここでもご紹介させていただくことにしました。

当初の申し込み期日は過ぎてしまいましたがまだ申し込み可能とのことです。ただ大会は10/23と迫っていますので早めにお申し込み下さい。詳細はJ.POSHのHP(http://www.j-posh.com/act_dragonboat.html)をご覧のうえ、参加申込書でお申し込み下さい。

第19回乳癌学会総会 報告



夕方、仙台から帰ってきました!とにかく蒸し暑くて大変でした。毎日汗だくで会場を回っていました。

今回は1日目にN先生が「脳転移後の長期生存症例について」、2日目にG先生が「術前腫瘍マーカー高値と短期予後の関連について」、3日目に私が「長期に再発巣が消えたためにハーセプチンの投与を終了できた症例」について発表してきました。いずれも無難に発表を終えることができ、一安心です!

今回聞いたセッションは、なぜかほとんどがサブタイプ分類に関するものになってしまいました。自分の発表とも関連があるものを中心に聞いたからかもしれませんが、これからますますサブタイプによって治療内容や経過観察期間、フォローなどが細かく変わるような時代になっていくのかもしれないと感じました。

会場では、東京での研修時代にお世話になった先生方や同期の先生たち、札幌でいつも顔を合わせている先生方、製薬会社の皆さんと交流を深めることができました。また、J.POSHの陽さんにもお会いできて、お土産のお菓子までいただきました。ありがとうございました!

夜は牛タンと東北の海産物をおいしくいただいてきました。写真は昨日行った「街道 青葉」というお店で飲んだ「綿屋」というお酒です。先日のブログのコメントで「錦屋」と間違って書いてしまい、陽さんには大変ご迷惑をおかけしました(汗)。お店に行って「錦屋」が飲みたいと言ってしまったとのこと…。実は私も昨日同じことをしていたのでそのことを話して大笑いでした(笑)でも「綿屋」はとても美味しかったです!

今回の学会は台風に振り回されました。四国から発表に来れなかった先生もいらしたようです。G先生も万が一を考えて予定より1日早く昨日札幌に戻りました。結局今日も無事飛行機は飛びましたが、かなり揺れたようです。でも私は熟睡していてまったくわかりませんでした(笑)


なお、仙台市街はほとんど大震災の影響を感じさせないほど復興していましたが、仙台空港から仙台駅に向かうバスから見てみると、空港側の農地は何も栽培されていなかったり、雑草が生えてしまったりしていて、中には未だに津波に流されてきた車が点在しているところもありました。そして流された大量の車がまるで中古車展示場のように並べられている場所や、がれきの山が雑草に覆われているような場所、一階の出入り口や窓がすべて壊れている家や工場などもありました。一見、復興したように見えてもまだまだ傷跡は残っているようです。3ヶ月遅れにはなりましたが、今回の学会が被災地の復興の一助になればいいなと心から感じました。