2009年8月31日月曜日

乳癌の治療最新情報5 化学療法に対するAvastinの上乗せ効果

スイス・ロシュ社は、治療歴のあるHER2陰性の進行性乳がん女性を対象としたAvastinとさまざまな化学療法の併用を検討した第III相臨床試験(RIBBON-2試験)において、Avastinと化学療法の併用群では化学療法単独に比べ、主要評価項目である無増悪生存期間の延長が認められたことを発表しました。

Avastin(bevacizumab)は、VEGFという、腫瘍血管新生に関与するレセプターをターゲットとした分子標的薬(ハーセプチンやラパチニブと同じような作用)です。癌は転移・増殖するときには必ず周囲に血管を増やします。これは癌が大きくなるための栄養分をもらうために必要なのです。これを阻害することによって増殖を抑えてやろう、という目的で開発された薬剤です。Avastinはすでに進行・再発大腸癌に対して保険適応が認められており、今回はその効果が乳癌においても発揮されることが証明されたということです。

RIBBON-2試験は、多国籍多施設共同プラセボ(偽薬)対照無作為化二重盲検比較試験で、転移性HER2陰性乳癌の治療歴のある684名の患者さんが登録されています。試験では、主治医が選択した化学療法(「Taxanes:paclitaxel、protein-bound paclitaxelまたはdocetaxel」「Gemcitabine」「Capecitabine」「Vinorelbine」)とAvastinまたはプラセボの併用を評価しました。

今回の発表によるとAvastin群で無増悪生存期間(PFS)が有意に延長したという結果だったそうです。下記の通り、RIBBON-1試験で1st line(再発に対する初回治療症例)での効果が証明されたのに続いて、今回の臨床試験によって2nd line(既治療症例)でも有効であることが示されたというわけです。

詳細な試験成績は近く開催される医学会で発表される予定とのことです。この結果が日本でも認められ、承認されれば、新たな治療手段が増えることになります。早く承認されることを期待したいものです。

<参考 これまでに発表された乳癌治療におけるAvastinの主な臨床試験>

・E2100試験:2007年3月の転移性乳癌に対するAvastinの欧州承認の基となった臨床試験。paclitaxel単独に比べAvastinとpaclitaxelを併用した場合、がんの進行のない生存期間(無増悪生存期間)が2倍にまで延長する可能性があることが示された(対象は1st line)。

・AVADO試験:docetaxel単独に比べAvastinとdocetaxelを併用した場合、無増悪生存期間と奏効率(腫瘍縮小)が有意に改善された(対象は1st line)。

・RIBBON-1試験:転移性HER-2陰性乳がんの1st lineとして、taxaneベース、anthracyclineベース、またはXeloda(capecitabine)化学療法のいずれかとAvastin(bevacizumab)併用を検討した第Ⅲ相二重盲検試験。Avastin群で無増悪生存期間の有意な延長が確認された。

2009年8月30日日曜日

日曜特診で感じたこと&ピンクリボン運動

今日は日曜特診(月に1回くらい日曜日に行なっている検診)でした。

今日は選挙と重なったためか、あまり数も多くなくて早く終わりました。

その中で気になったのは、今日の受診者のうち70%以上が繰り返し受診者だったことです。きちんと定期的に受けてもらっているのはとても良いことなのですが、乳がん検診受診率がいまだに10%台の現状を考えるともっと初回受診者がいなければならないはずなんです。一部の同じ人たちだけが繰り返し検診を受けても、日本全体の乳癌死亡率は低下しません。もっと受けていない人たちを検診につなげる必要があると感じました。


芸能人の乳癌体験や若年発症の乳癌患者さんなどがマスコミで取り上げられ、世の中で乳癌に対する関心が高まってきていると言われています。ピンクリボン運動もかなり世間に認知され、いろんな場面で見かけるようになりました。

でも私のまわりでは、残念ながらまだその効果が十分に発揮されたという印象はありません。

まず、一番検診の重要性を理解しているはずの病院職員の意識がなかなか高まりません。以前より少しは受診者が増えましたが、まだまだ受診率が低いです。けっこう職員内の乳癌発生が多いにも関わらず、自分の問題として捉える意識が低いようです。30才代のエコー検診も技師さんたちのボランティアで行ないましたが、受診者は対象者の2−3割くらいだったのではないかと思います。

そして、いまだにかなり進行してから受診する乳癌患者さんが減りません。うちの病院が特別なのかもしれませんが、最近とくに目立ちます。乳癌だとわかっていながら、”切られるのが怖い””乳房を失いたくない”と思って受診を先延ばしにしていたり、最近では”生活が苦しくてお金がない””職を失ってしまうから”という理由も増えているかもしれません。

ピンクリボン運動で、乳がん検診の重要性を訴えるのはとても大切なことですが、これからはそれだけの情報量では不十分なのかもしれません。乳房再建や抗癌剤の進歩などの、治療についての正しい知識を提供したり、経済的困難を抱えている人たちでも検診や検査を受けれるような相談窓口を紹介してあげるなどのきめ細かい活動が必要になってきているのかもしれないと感じています。

2009年8月28日金曜日

骨転移1 骨転移による癌性疼痛〜メタストロン注の適応の難しさ

骨転移によって起きる強い疼痛に対する治療の進歩は目覚ましいものがあります。現在行なわれている主な治療を以下に示します。

①鎮痛薬…消炎鎮痛薬、アセトアミノフェン、医療用麻薬(モルヒネ)、鎮痛補助薬(抗うつ薬など)
→痛みそのものを抑える治療です。
②放射線治療(外照射)…最も即効性があります。骨折の予防にもなります。しかし、同一部位に繰り返し行なうことはできません。
③ビスフォスフォネート療法…ゾメタに代表される薬剤で、疼痛軽減、骨折の予防、高Ca血症の治療のほか、癌自体に対する抗腫瘍効果もあると言われています(既述)。

そして2007.10から使用可能になった治療が、メタストロン注(塩化ストロンチウム)です。

メタストロン注は、骨シンチのときに使うような核種と言われる放射性物質を注射して行なう内照射という放射線治療の一つです。1回の静脈注射ですみますので外来での投与が可能です。
疼痛緩和に有効で、外照射と異なり繰り返し行なえる利点があります(3ヶ月以上あける必要があります)。

副作用は、一時的な疼痛の増強(投与後2-5日)、骨髄抑制が主で、ホルモン療法との併用は可能ですが、抗がん剤との併用はできません。

対象患者さんは、骨シンチグラフィで多発性の骨転移を認め、なおかつ鎮痛薬で十分に疼痛がコントロールされない、通常の外照射が行なえない(体位がとれない、頻回の通院が困難など)などです。

大変期待している治療なのですが、残念ながら今のところまだこの治療の恩恵を受けた患者さんは当院ではあまりいません。

なぜなら、この治療の適応基準に”白血球数3000以上、好中球数1500以上、血小板数7.5万以上、ヘモグロビン9.0以上”というのがあるからです。乳癌の再発治療を長く受けている患者さんでメタストロン注を使用したいと考えるような方は、すでに何度も化学療法を受けており、外照射もしている場合がほとんどです。当然、骨髄機能は低下していることが多いのです。ですから、いざ使いたいと思ってもこの基準で断られてしまうケースがあるのです。まだ、使用経験が十分でないこともありますので慎重に行なわざるを得ないのは理解できますが、残念です。

疼痛自体はかなり麻薬と外照射でコントロールできるので、どうしてもメタストロン注は後回しになってしまいます。そしていざ使いたいと思うときには、骨髄機能が基準を満たさない…。この治療の位置づけがなかなか定まりません。タイミングが難しいです。

2009年8月26日水曜日

ホルモン補充療法と乳癌

外来をしていると時々、”私は橋本病で甲状腺ホルモン剤を飲んでいるんですけど、ホルモン剤を飲んでると乳癌になりやすいんですか?”と聞かれることがあります。

乳癌と関係があるのは、ホルモン剤の中でも女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)のことです。

乳癌と女性ホルモンの関係はかなり昔からわかっていました。乳癌患者さんの卵巣を切除すると乳癌が自然に小さくなることがあることから、女性ホルモンは乳癌を大きくする(再発をうながす)作用があるということが推測されたのです。女性ホルモンを抑えることが治療になるとわかり、その後の内分泌療法につながっていきました。

このころから、女性ホルモンは乳癌を大きくするだけではなく、発癌させる作用もあるのではないかと想像されていました。その後、動物実験や閉経後のホルモン補充療法を受けている患者さんに乳癌の発生率が高いかどうかの疫学的研究がさかんに行われるようになりました。

若干異なる結果もありましたが、現在一般的に考えられているのは、
”ホルモン補充療法(エストロゲン+プロゲステロン)は乳癌の発生率をわずかに増加させる(1.2-1.3倍)”
ということです。

ただし、乳癌発生率は上げますが、乳癌死亡率は増加させないとも言われています。これは、ホルモン補充療法を受けている患者さんは、一般の人より定期的に乳房検査を受けていることが多いために、早期癌で見つかる率が高いからだと推測されています。

また、閉経前に女性ホルモン剤を投与する場合に(避妊目的の低用量ピルや子宮内膜症治療のためなど)、乳癌発生率を上げるかどうかについては完全な結論は出ていません。乳癌の発生率を上げるという報告もあるため、一応、低用量ピルであっても注意するように言われてきましたが、私自身は疑問に思っています。なぜなら、低用量ピルを閉経前の女性に投与した場合、卵巣からの内因性の女性ホルモンの分泌は停止します。薬として体内に入る女性ホルモンのみになるのです(もともとの女性ホルモンに薬がプラスされるわけではありません)。低用量の場合、本来自然に卵巣から分泌される女性ホルモンより総量は低下すると言われています。ですから子宮内膜症(女性ホルモンの過剰な刺激で起きる)の治療になるのです。女性ホルモンの刺激が自然の状態より少なくなるのであれば、乳癌の発生率を上げるとはあまり思えないのです。ただ、子宮内膜症の患者さんと健常女性とはホルモン環境が異なるかもしれませんし、単純に女性ホルモンの総量だけの問題ではないかもしれませんので、確かなことは言えません。しかし、閉経後(本来女性ホルモンほとんどゼロに近い)にホルモン補充療法をする場合よりは影響は少ないのではないかと思います。

なお、「疫学・予防ー乳癌学会/編(2005年版)/ガイドライン」においては、「経口避妊薬使用は乳癌の危険因子になるか」というResearch Questionに対して、「エビデンスグレードⅢ 危険因子になるという強い根拠はない」という結論になっています(http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0006/1/0006_G0000116_0019.html)。

2009年8月24日月曜日

代替補完療法4 高濃度ビタミンC点滴療法

ちまたではいろいろな効果が確立されていない癌治療が行われているようですが、問題は本当に善意で研究しながら治療を行なっているのではなく、あたかも効果があるかのようなデータを見せながら、金儲けに走っている医者がいることです。

私が学生の頃、ある医学博士の肩書きをもつ人が書いた”ビタミンC大量療法でガンが治る!”みたいな本を読みました。でもその後この治療が標準化されることはなく、その後の臨床試験でも効果が否定されたため、すっかりすたれたものだと思っていました。

ところが最近、再びビタミンCの抗腫瘍効果に注目が集まっているようです。動物実験で抗酸化作用による抗腫瘍効果が証明されたことと、ビタミンC大量投与によって効果が見られた患者さんの報告があったことに起因しているようです。

何度も書いていますが、動物実験で効果があったから人間にも当てはまるとは言えませんし、数人に効果があったということが、その治療が有効であるという証明にはなりません。二重盲検法という手段を用いて多数の患者さんを比較しなければ、その治療が本当に有効かどうかは判断できないのです。

残念ながら、今のところビタミンCの大量投与が乳癌に対して有効であるという科学的な立証はなされていません。むしろ最近の臨床試験でも下に記すように効果がなかったという結果でした。

動物実験では効果があるのに人間には本当に無効なのか?投与の方法の問題?投与量が足りないから?(動物の体表面積あたりの有効量と人間のそれとは必ずしも一致しません)
でもこのようなことは、よくあることなのです。

この結果を覆すためには、投与方法を変えて、有効であることを臨床試験で証明するしかないのです。それまでは、乳癌に対する有効な治療法として高濃度ビタミンC点滴療法を患者さんにお勧めすることはできません。

<参考>
銀座東京クリニックのHP(http://www.1ginzaclinic.com/vitamin.html)
→ページの下の方にある注意書きをご覧ください。
高濃度ビタミンC点滴療法が臨床的には癌の縮小効果はなかったという、2008年に発表された臨床試験(Phase1)の結果(英文ですが)
→http://annonc.oxfordjournals.org/cgi/content/abstract/mdn377v4?maxtoshow=&HITS=10&hits=10&RESULTFORMAT=1&author1=hoffer&title=ascorbic+acid&andorexacttitle=and∧orexacttitleabs=and&andorexactfulltext=and&searchid=1&FIRSTINDEX=0&sortspec=relevance&resourcetype=HWCIT

2009年8月23日日曜日

第6回With you Hokkaido報告

今日、12:30-17:00すぎまで、札幌医大の大講堂で第6回With you Hokkaidoが開催されました。

今回のテーマは、”笑顔のある生活で心に潤いを”でした。

講演1「我々には精神的ストレスを軽減する機序が備わっている」(吉野槇一先生 日本医科大 名誉教授)

リウマチが専門の整形外科医である吉野先生のお話は、とても興味深いものでした。以前から、”笑うと免疫力が高まる”と言われてはいましたが、それを科学的な実験によって証明したというお話です。

落語を聞く前後でいろいろな物質の状態を調べてみると、リウマチ患者のようにストレスがかかった状態の人では、IL-6という炎症の原因物質が有意に低下し、免疫に関与するNK細胞活性が増加する(正常範囲内ではありますが)という結果だったそうです。なお、正常の人にはこのような変化は起こらないので、笑うことは、リウマチなどの病気(癌も)で過度のストレス状態にある人の免疫活性や内分泌の状態を正常に近づける作用があるということです。何度も検証実験をしても同様の結果ですので信頼性の高いデータだと思います。

”笑う角には福来たる”というのは、どうやら本当のようです。

講演2「笑いで健康に」(桂枝光さん 落語家 http://ja.wikipedia.org/wiki/桂枝光)

笑いの効能をお聞きした後で、さっそく落語家の桂枝光師匠が思い切り笑わせてくれました。
札幌市内のホールで定期的に開催されている「平成開進亭」という寄席を開催しているそうなので、今度またゆっくり聞きに行きたいと思いました。

講演3「J.POSHキッズ・ファミリープログラム」(松田寿美子さん J.POSH)
J.POSHの活動の概要と、数年前から開催している「J.POSHキッズ・ファミリープログラム」についてわかりやすくご紹介してくださいました。今回は、前にブログでご紹介したように、患者さんのご家族のケアについての取り組みが全国各地で行われていて、今までに開催された地域では家族の絆が深まった、などの声が聞かれていて好評なようです。札幌では9/26に行われる予定です。

<癒しの時間>
乳癌を体験されたシンガーソングライターの明日香さんの弾き語りを数曲聞かせていただきました。澄んだ歌声に心が洗われるようでした。

<元気と笑顔の時間>
先日のピンクリボンフェスティバルにも出演してくれた、”もえぎ色女学院”のパフォーマンスが炸裂しました。なんとも言えない魅力に、最初戸惑っていた観衆も最後にはすっかり魅せられていたようです。ミュージックが切れてしまうトラブルにもめげずに最後まで音楽を口ずさみながら踊った彼女たちに拍手喝采でした!

<参加者グループワーク>
昨年に引き続き2回目の試みでした。
他のグループはわかりませんが、私のグループ(再発後の不安、治療B-1)では、なかなか患者さん同士の会話にならなくて、医師への質問コーナーみたいになってしまいました。私の司会進行が悪かったのかなあ…。反省です。

最後に全国各地のWith youの活動状況の報告があって、今回の会は終了しました。

日曜日にも関わらず、ご講演や歌、パフォーマンスを披露していただいた出演者の皆さん、大変楽しい時間をありがとうございました。
また、全国から手弁当で札幌まで来ていただいた、代表世話人の霞富士雄先生をはじめ、世話人の先生方に厚く御礼申し上げます。札幌医大の平田公一教授、大村東生先生をはじめ先生方、おつかれさまでした。

来年もまた実りある会になればいいなと思っています!

2009年8月21日金曜日

乳癌術後の性生活について

乳癌患者さんのセクシャリティの問題は、ほとんどの病院で対応できていないのが現状です。乳癌の術後は、乳房にメスが入ったという美容上の変化と精神的ダメージ、そして痛みが生じます。また、術後の化学療法やホルモン療法によって女性ホルモンの変化が起き、肉体的、精神的な影響を及ぼします。患者さんにとっては、とても重大な問題ですが、外来で患者さんから相談されることはほとんどありません。

なぜならいまだに乳腺外科医は男性が多く、こちらからも患者さん側からも聞きにくい問題ですし、女性医師に対しても、”癌の治療中なのにそんなことを聞いたらいけないんじゃないか”という患者さん側の気持ちもあるからです。また、同じ女性だからこそ、”手術していないあなたに私の気持ちがわかるはずない”と思って、聞くのを敬遠する患者さんもいらっしゃるかもしれません。

私の今までの経験上も、この問題に関して患者さんから聞かれたことは数度しかありません。

1.いつから性生活を始めても良いのですか?
2.性的な刺激を与えるような本を読んだら乳癌の再発を促しますか?
3.先日夫とセックスしたら入り口が切れて出血したんです…

思い出せるのはこの3つのケースだけです。

おそらくいろいろな問題を抱えていたはずですが、今まではその気持ちに応えることができていませんでした。実際、外来で唐突にそういう話をこちらからするのは難しいです。なんとか患者さん側からお話していただけるような雰囲気づくりをしていかなければなりません。やはり、外来の看護師が問診でチェックするようにするのが一番なのですが、そのためには患者さんのプライバシーに十分配慮した場所(できれば個室)が必要だと思います。

このブログで具体的な細かい問題点と解決策を書くことは難しいですので、参考になるHPと本をご紹介します。

<ホームページ>
乳がんJP 乳がんの手術後:幸せな性のアドバイス(http://www.nyugan.jp/after/gender.html)
日本性科学会 カウンセリング室(http://www14.plala.or.jp/jsss/counseling/)

<書籍>
がん患者の<幸せな性>  アメリカがん協会編 高橋都+針間克己訳(春秋社) 定価 2000円

*病院に、アストラゼネカ(製薬会社)が作成した”乳がん患者さんとパートナーの幸せな性へのアドバイス”というパンフレットが置いてあるかもしれません。小冊子ですが参考になると思います。

2009年8月20日木曜日

乳腺疾患の自覚症状

乳腺外来にはいろいろな自覚症状をもつ患者さんが来院します。
もちろん、皆さん、乳癌ではないか?と心配なので来院されるのですが、ある程度問診を聞いた段階で、乳癌の可能性が高いか、低いかは想像できることが多いです。

いくつかの例を挙げてみます。

1.数ヶ月前に痛みのないしこりを自覚。徐々に増大してきた。
→高齢者では乳癌をまず考えます。若年者では良性腫瘍(線維腺腫など)もあり得ます。
2.皮膚のくぼみや乳房の変形を伴うしこりを発見。
→乳癌の可能性が高いです。
3.血液混じりの(赤や黒、番茶色)乳頭分泌がある。
→乳癌、または乳管内乳頭腫(良性腫瘍)を疑います。
4.痛みを伴うが皮膚の発赤を伴わない硬結(ごりごり)、しこりがある。
→乳腺症の可能性が高いですがまれに乳癌のこともあります。
5.皮膚の発赤と痛みを伴う硬結、しこりがある。
→乳腺炎や乳輪下膿瘍の可能性が高いです。まれに炎症性乳癌のことがあります。
6.授乳中でもないのに白い母乳様の分泌物が出る。
→薬剤性乳頭分泌(特に多いのは、スルピリドという精神安定剤。他にもいろいろあります。)のことが多いですが、まれに下垂体腫瘍(プロラクチノーマ)が原因のことがあります。
7.両側(または片側)の乳頭のいくつもの穴から分泌物(透明や褐色)が出る。
→乳腺症の可能性が高いです。
8.乳房のかなり内側や外側のふくらみのない部分に痛みがある。押すと痛みがあり、咳や動作(物を持つ、腕を上げるなど)で痛みが誘発される。
→肋間神経痛や筋肉痛(肋間筋や前鋸筋、大胸筋など)を疑います。

もちろん、ここに書いたのは可能性が高いか低いかということで、自覚症状だけですべて正確に診断できるわけではありませんので、自覚症状がある場合は、良性を疑う場合でも一度は乳腺外科に受診したほうが良いでしょう。

2009年8月18日火曜日

乳がん検診無料クーポン券

2年に1回のマンモグラフィ併用検診が少しずつ認知されてきましたが、自治体が検診料金の一部を負担してきたにもかかわらず(札幌では40歳代が1700円、50歳以上が1400円の自己負担)受診率はいまだに満足できるものではありませんでした。

そこで今年度から札幌では(他の自治体ではわかりません)4/1現在で、満40歳、45歳、50歳、55歳、60歳の女性に対して全額を自治体が負担するクーポン券が送付されるようになりました。
この制度を利用すると、例えば44歳で通常の検診を受けた人が、45歳で無料検診を受けて、さらに46歳でも検診を受けれることになります。結局、受ける人はより濃厚な検診を受けるだけで(つまり述べ受診者数の増加)、絶対数(実受診者数)は増えないのではないかと危惧していましたが、今のところクーポン券を受け取って初めて検診を受けるという人たちもけっこういるようです。やはりタダの魅力は大きいということでしょうか?

どうせなら5年に一度の無料ではなく、2年に1回の検診をすべて無料にすれば実受診者数はもっと増えるのに、と思ってしまいます。まあ、このご時世、自治体の財政も厳しいでしょうけどね。

無料クーポン券で今まで受けていなかった人たちの受診につながればいいな、と思っています。

2009年8月12日水曜日

Elastographyへの期待と危惧

先日、外来に受診した患者さんから、”エラストグラフィっていう新しい検査でさらに早期の乳癌が見つかるってTVで出てました”と言われました。どんなTVだったか、どんな内容だったかは見ていないのでわかりませんが、もしかしたら正しく視聴者に伝わっていないのかもしれません。

エラストグラフィ(Elastography)は、筑波大の植野映先生らと日立メディコが中心になって日本で開発された超音波検査の新しい技術です。腫瘤の硬さを超音波画像モニター上で色分けして表示することにより、その腫瘤がどの程度悪性を疑うか、または精密検査が必要かどうかを判断する検査法です。色分けは、軟らかいものが赤、中間(乳腺組織や良性腫瘍)が緑、硬いものが青で表示され、癌は青で表示されることが多いとされています。それらを弾性スコア1-5で判定し、スコア1-2を良性、3は境界、4-5を悪性疑いと判定します。

何度かここでも書いていますように、若年者の乳がんの早期発見にはマンモグラフィ単独では不十分で、超音波検査が非常に有効です。ただ、問題点としては、検査をする医師または技師の技量によってその成果が大きく左右されるということが挙げられています。エラストグラフィはその欠点を補い、若年者の早期発見に役立つということが期待されているようです。

しかし、経験が少なくてもエラストグラフィがあれば超音波検査で早期乳癌が診断できると安易に考えるのは危険だと私は思っています。なぜなら、エラストグラフィはあくまでも補助的な技術だからです。通常の超音波画像(Bモード)を見て、病変があった場合にエラストグラフィを使って硬さを見る、というのが通常の使用方法です。したがって、Bモードで病変を見逃せば結局同じです。また、エラストグラフィで陽性(つまり”硬い”)と判定されない乳癌もあるということを理解した上で使う必要があります。特に腫瘤像非形成性病変(非浸潤癌など)の場合には悪性でもスコア1-2となる場合が時々あります(偽陰性)。ですから早期癌の発見に役立つとまでは言えないのです。また良性(線維腺腫など)でもスコア4-5と判定されることもあります(偽陽性)。

Bモードで明らかに良性と思われる腫瘤(嚢胞など)に対してはエラストグラフィは不要であり、明らかに悪性の腫瘤はエラストグラフィをするまでもないので、有用性があると思われるのは、良悪の判断が困難な腫瘤ということになるのですが、上で述べたような偽陰性の問題もあるため、結局、悪性の可能性が考えられる場合には、私ならエラストグラフィが陰性であっても細胞診を念のために勧めると思います。

ですから、真にエラストグラフィが有効なケースというのは限られてしまいます。良性の可能性が極めて高いけど少しだけ気になる場合に、精査とするかどうかを判断する補助的診断法(つまり検診における要精査率を下げるため)として、この検査法が最も威力を発揮するのだと思います。

エラストグラフィはまったく新しい観点から考えられた素晴らしい技術だと思いますし、うまく使いこなすことによって超音波検診の現場に様々なメリットを与えてくれると期待しています。しかし、エラストグラフィを行なえば簡単に早期乳癌の発見率が上がるわけではなく、やはり超音波検査を行なう医師や技師の技量の向上が絶対不可欠です。新しい技術が導入されることによってそのことが軽視されはしないかということを私は少しだけ危惧しています。

2009年8月7日金曜日

ピンクリボンin SAPPORO 2009 夏休みフェスティバル



今日、13:00-21:30まで、札幌大通公園のホワイトロックでピンクリボンin SAPPORO 2009 夏休みフェスティバルが行なわれました。

昼の部では”お母さんといっしょね!発表会””ドーレくん&リボンちゃん クイズ大会””バイオリン・ミニコンサート””5リボンズデビュー””もえぎ色女学院ステージ”が行なわれました。私は途中からの参加であまり見れませんでしたが、もえぎ色女学院のパフォーマンスステージは強烈でした。ぱっと見の派手さと異なり、ピンクリボン運動を啓蒙するフリーパンフを作成したりしている彼女たちの地道な活動には感動しました。このような活動をしている仲間がいるということを知っただけでも実りのあるイベントでした。

夜の部では、”ピンクリボンジャズ”のライブがすごい迫力でした(写真)。グルーヴィン ハード ジャズ オーケストラという1977年創立の歴史あるバンドだそうですが、素人なので詳しくは説明できませんが、少なくとも私にはとても上手でパワフルな演奏に感じました。特に”星に願いを”のアレンジには感動しました。
そのあと”ピンクリボンシネマ 「Mayu-ココロの星」”の上映がありました。私は今まで見たいと思いながら残念ながら見る機会がなかったのですがやっと見ることができました。今年の5月に亡くなった大原まゆさんの実話です。この映画を作ったときにはまだ再発していなかったはずです。まゆさんが亡くなってから見ると、映画の中の一言一言がすごく切なく響きました。でも彼女のピンクリボン運動への思いは、確かに受け継がれている、と今日のイベントを通じて感じました。

そしてその頃、外ではテレビ塔がピンクに染まっていました(写真)。一人でも多くの人が、なぜテレビ塔がピンクになっているのかを考えてくれればいいな、と思いながら帰路につきました。

来年もまたこのイベントに参加したいと思っています。札幌近郊の方は、また是非協力、参加をお願いいたします。私はあまりお手伝いすることもなかったのですが、多くの方がボランティアとしてこのイベントを支えてくれていました。皆さん、本当にお疲れさまでした!

2009年8月4日火曜日

遺伝性乳癌(家族性乳癌)について

患者さんに乳癌の告知をするときに、”私の家系には乳癌はいないのにどうして…”などと言われることがあります。

このような方には、”乳癌が遺伝と関係あるのは、せいぜい10%くらいまでで、残りの90%以上は関係ないんですよ”とお話ししています。乳癌は今や女性の20人に1人がかかる一般的な病気の一つになっています。家族歴のあるなしに関わらず、検診は必要です。

このように誤解されていることも多いので、今回は、この”遺伝性(もしくは家族性)乳癌について少しお話ししてみます。

遺伝性乳癌に関連する原因として現在わかっている代表的なものには、BRCA1とBRCA2という遺伝子の異常があります。これらの遺伝子は”癌抑制遺伝子”と呼ばれるものの仲間で、細胞が癌化するのを防ぐ役割を持っています。この遺伝子に先天的な異常があると将来的に55-85%に乳癌を生じると言われています。

①遺伝性乳癌の特徴
若年発症が多い、両側乳癌が多い、乳房温存術後の同側乳房内再発が多い。
自分を含めて祖母、母親、姉妹、娘の中に3人乳癌患者がいたら遺伝性乳癌の可能性が高いといわれています。

②乳癌発症の予防
米国などでは、これらの遺伝子異常がある場合に、予防的に両側乳房切除(+再建)を行なうことがあります。この手術によって、将来の乳癌発生を約90%(一部の乳腺が残るため100%にはならない)減少させることができると報告されています。
また、乳癌発生の危険性を軽減させるための手術として、両側卵巣摘除を行なうこともあります。これによるリスク軽減効果は約47%です。また、化学予防として、タモキシフェンの投与も試みられています(NSABP P-1)。この臨床試験における乳癌発生のリスク軽減効果は49%ありましたが(特にBRCA2異常で効果が高い)、子宮内膜癌のリスクが約2.5倍になることや深部静脈血栓症の副作用の問題などもあり、その後行なわれたイタリアとイギリスの試験では明らかな予防効果がないという結果だったことから、現在ではあまり行なわれなくなってきています。

③BRCA1/2の検査
(株)ファルコバイオシステムズ(http://www.falco-genetics.com/brca/medical/index.html)というところで調べることはできます。しかし、”遺伝子カウンセリング”という体制が整っている病院でのみ検査可能です。なぜこんなに面倒かと言うと、もしこの遺伝子異常があったとした場合、それを安易に告げると大変大きな精神的重荷を背負うことになるからです。なぜなら、この遺伝子異常を持っていることを知るということは”あなたは非常に高率に乳癌になります、でも日本では予防的乳房切除も化学予防もリスク軽減の卵巣摘除も保険では認められていません”ということを意味するからです。ですからこのようなカウンセリングが必要なのです。

遺伝性の病気は乳癌に限らず、非常にデリケートな問題を含んでいますので、社会的なサポートとそれを受け入れる保険医療体制の早急な整備が必要だと思っています。

2009年8月2日日曜日

乳癌の治療最新情報4 注目の国内臨床試験

最近は以前に比べるとかなり積極的に臨床試験が日本国内でも行なわれるようになってきています(浜松オンコロジーセンターの渡辺亨先生から見ればまだまだのようですが…)。私たちの施設にも参加依頼されるようになってきています。マンパワー不足と私の怠惰な性格のために、今のところ十分な協力ができていないのが現状ですが、これからは積極的に参加していきたいと思っています。

臨床試験に参加するためには、院内の倫理委員会を通さなければなりません。以前はこのような体制が整備されていなかったことと、私たちの病院の基本方針として、”安全性と有効性が保障された治療を患者さんに提供する”という考え方だったため、今までは臨床試験には消極的でした。しかし、最近の臨床試験は、安全性や臨床試験に参加された患者さんに著しい不利益が生じないような配慮もされるようになってきていることと(もちろんある程度のリスクは背負わなければなりませんが…)、他人まかせでは日本の医療が世界からは遅れてしまうし、そのことが患者さんに不利益を与えることになってしまうということから、現在の院長は、臨床試験への参加を前向きに検討してくれています。

乳癌領域においてもいくつもの国内の臨床試験が行なわれています。私が注目している臨床試験をいくつかご紹介します。

①N-SAS-BC05(AERAS)試験
アナストロゾールを含むホルモン療法を5年投与で終了した群とアナストロゾールをさらに5年投与した群との比較試験。ホルモン療法は5年だけで十分なのかもっと投与すべきなのかを比較した試験です。タモキシフェンでは上乗せ効果は出ませんでしたが、AI剤ではどうなるのか注目です。
②N-SAS-BC06(NEOS)試験
レトロゾールの術前投与の効果を検討する臨床試験です。海外でもER(+)HER2(-)の乳癌に対しては、術前化学療法よりも術前ホルモン療法の方が合理的であるという考え方が一般的になってきていますが、実際には化学療法が行なわれているのが現状だそうです。国内発のこの臨床試験結果が、世界中の乳腺外科医の考え方に大きな影響を及ぼすことになるかもしれないと期待しています。
③SUPREMO試験
中等度の局所再発リスクをもつ患者さんに(T1n+、T2N1、T2n0+ GradeⅢ or ly+)、胸壁照射が有効かどうかを検証する試験。高リスク(腫瘍径5cm以上、リンパ節転移4個以上)に対しては有効性が証明されている胸壁照射の適応が中等度リスクに対しても拡大されるのか注目です。
④BEATRICE試験
トリプルネガティブ(TN)乳癌に対して、標準的な術後補助化学療法にベバシヅマブを追加することの有効性を検証する臨床試験。再発率が高く、再発後の標準的抗癌剤の有効性が低いと言われているTN乳癌に対して再発予防効果の上乗せがあるかどうかを検証します。先日ASCOで発表されたPARP1阻害剤の上乗せ効果を検証する臨床試験には国内からの参加はなかったようですが、ベバシヅマブに関しては国内からも参加できるようです。
⑤J-START
40才代の乳がん検診被検者に対して、マンモグラフィ単独と、マンモグラフィ+超音波検査の2群に分けて、超音波検査の上乗せ効果を検証する日本で行なわれている世界初の臨床試験。
40才代においてはマンモグラフィだけの検診では約30%の乳癌は指摘できないと言われています。今回の臨床試験で良い結果が出れば、30才代の女性に対しても有効な乳がん検診手段を得るきっかけにもなるはずだと私は信じています。

このようにいくつもの注目すべき臨床試験が進行中です。
結果を待つだけではなく、積極的に参加しなくてはいけないと、このブログを書きながら決意を新たにしました。